Category: 考え

Apple Watchを初代からSeries 4に買い換えて思うこと

はじめに 製品自体のレビューは世の中に山程あるので、そちらにおまかせしたい。2015年4月24日の発売日に初代Apple Watchを購入し、3年半ほど使い続け、Series 4が出た2018年9月21日に買い替えた本日、思うことを書きたいと思う。 デバイスの進化がもたらすもの 月日が経てば当然、デバイスが進化する。処理能力が上がり、画面サイズが大きくなり、薄くなり、軽くなり、バッテリーは長時間持続し、センサーは進化し、Apple Payなどの機能が追加される。正直なところ、これらの進化は純粋に嬉しい。 初代を使い続けてきた身にとって、Series 4の処理能力は驚異的なものだった。すべての動作が10倍速で動いているような気がする。これまでApple Watchでアプリを使うなんて、日常の選択肢に入らなかったが、これなら使えるし、使いたい。Apple Payの追加も感動が大きい。腕時計で買い物ができる。家のドアが開く。 初代のApple Watchは、自分にとってiPhoneの子機の子機で、プラスちょっとしたおしゃれアイテムくらいでしかなかった。Apple Watchでアプリを開くことは苦痛なこと。だから通知を見るもの。天気を確認するもの。たまにバンドやフェイスを交換して色や見た目を楽しむもの。 その概念が全く変わりそうな予感がしている。Apple Watchを触ることが楽しい。Apple Watchでなんでもやりたくなってくる。3年半がもたらしたデバイスの進化は、そんな気持ちを起こさせるものだった。 ソフトウェアの変化が示すもの この3年半で、Apple Watchのソフトウェアも大きく変化している。毎年と言えるほど、主要な機能の入れ替えが発生していた。たとえば、初期リリースで大々的にアピールされたFirends機能。 watchOS 3ではサイドボタン機能がDock機能に変更となり、1年半で主要ボタン2つのうちの1つの機能が消えた。 Glancesも消えた。かつてはwatchOSへのアプリ実装方式は2通り(正確には3通りだが)あった。そのうちの片方が削除された。 アプリケーションの実行形式も変化した。watchOS 1では、Apple WatchのアプリケーションはiPhone上で実行されていた。知らない人には何を言っているのか意味がわからないと思うが、そうだった。それはかつて、Apple Watch本体の処理能力が十分でないことを補うための実装だったが、watchOS 2から、Apple Watch上で実行する形式に変更された。 自分の観測範囲で見る限りでも、売りとしていた機能から、ソフトウェアの基礎となる部分まで、わずか3年半の間にドラスティックな変化が行われている。これは、Appleという巨人でさえ、迷って悩んで、トライアルアンドエラーを繰り返しているということ。この姿勢は大いに学びたい。 何に使えるのか? 性能がよくても、変化しても、ソフトウェアがなければただの箱だ。その意味で、Apple Watchはただの箱になりつつある。Apple Watch用のApp Storeはいつ見ても変化に乏しいし、実際問題、ほとんどがスケジュールか天気かメモか交通のどれかだ。 そうじゃない、俺はもっと「未来的ななにか」にこいつを使いたいんだ。でも結局のところ、その「未来的ななにか」は、Apple Payだったり、セルラー機能なのかもしれない。時計で支払いが出来る、電車に乗れる、家の鍵が開く、電話がかけられる。 入力デバイスとしてできることが乏しいからこそ、ハードウェアの進化と共に提供される機能の重要性が高いように思う。 自分にとってApple Watchとは 未来デバイスだ。初代の購入時から、今まで、自分がApple Watchに期待することは、未来感。こんなちっこいヤツでこんなことまで出来ちゃうんだ、という感覚を、ずっと求めてる。初代からSeries 4への買い替えでは、その期待に十分に応えてもらった。 また3年後、Appleが見せてくれる未来感を楽しみに、Series 4と過ごしたいと思う。

notohiro View

このブログについて このブログでは、私が「使ったものについて感じたこと」や「自分なりの考え」を、notohiro視点で紹介していこうと思います。特に、世の中にあまり出回っていないこと、日本で出回っていないことを中心に、ニッチなところを攻めていきたいと思っています。